と思う今日この頃。



運動は毎日やらなくてもすぐに死んだりしない。
学生時代を除いて、運動はほとんどしないって人も多いんじゃないでしょうか?

でも好きな人は、プロになって辛い練習をしてでも試合やレースに出場する人もいます。


創作も同じで、毎日どころか一生で一度も関わらずに人生を終える人もいます(むしろそういう人の方が多いと思う)

かと思えば日々鍛錬し、いくつもの作品を世に出し続ける人もいるわけです。




やる人とやらない人、この違いってなんなのだろう?
そもそも毎日創作することの意味ってなんだろう?

と考えました。




私の持論ですが、運動と創作は精神面で得られるメリットが近いと考えています。
分かりやすく言うとストレス発散。


運動をした後に気分がスッキリすると思います。

創作も同じで、作品を作り上げた時の達成感は何者にも代えがたい感覚です。
これがストレス発散に近いと考えています。


しかし「もっと早く走りたい」「もっと長い距離を走りたい」という目標を掲げてしまうと、その目標が達成できなかった時にストレスを感じてしまいます。

創作も同じです。「あの人みたいな作品が作りたい」「みんなから褒められるような作品を作りたい」という目標を掲げてしまうと、自由が無くなって窮屈に感じませんか?



運動に逆輸入してみると分かりやすいです。


「あの人みたく走れるようになりたい」
「みんなから応援してもらえるランナーになりたい」ということです。



プロでもない一般人が・・・、いやプロでさえもこうやって考えている人は少ないんじゃないでしょうか?

自ら進んで走る人は、ただ走るのが楽しいから走る。それが根本にあると思います。




そうすると運動や創作をする理由として「自分が気持ち良いと感じるからそれをする」事が大切と言うことに行き着きました。

私も作品作りのハードルを上げてしまい、取り掛かる前からその高さに挫折するという自爆事件ばかり起きています。

そうではなく、まずは自分が感覚的に直感で気持ち良いと感じることをしてみるのが大切です。
そうなってくると、自分が気持ち良いと感じることってなんだろう・・・。




こんなことを考える時点で、自分は凡才かそれ以下なのだなあと感じてしまいます。
しかし凡人は凡人なりに足掻いてみたいです。





最近読んだ斎藤孝先生の「斎藤孝のざっくり!美術史 5つの基準で選んだ世界の巨匠50人」という本の中に、【人を惹きつける絵を描ける人物は、突き動かされる何かよって絵を描かずにはいられない】的な事が描かれていました。

レオナルド・ダ・ヴィンチしかり、フィンセント・ファン・ゴッホしかりです。

人生をかけてでも絵に全てを注ぎ込みたいという強い思いがあるからこそ、名作が生まれるのです。


きっと毎日運動や創作を続けられる人の中には、突き動かされる何かによってやらずにはいられない人が一定数いるのでしょう。

羨ましく思ってしまいます。



自分の描いている絵は、ありきたりでよくある画風の普通のデフォルメイラストです。
突き動かされる何かとかで描いてません。

正直言うと「惰性」「ネットとの繋がり」そして「暇つぶし」が目的です。なんなんだろうなあ。

精神的にすり減ったのもあります。最近色々あったしどっか島国まで旅したいです。






このブログも大真面目に記事を書いてますが、最近過去の記事を読み返して自分の醜い裸体を見てるようで恥ずかしいです。




ちなみに上記に出た斎藤先生の「ざっくり〜」は中々面白いです。
複雑な美術史を斎藤先生の視点でわかりやすく解説してあるので、私みたいな初心者にはうってつけでした。

この本を読んで「絵ってこんなに自由に描いて良いんだ」という発見もあり良い意味で価値観がリセットされました。


自分のやりたいことを考え直さなきゃいけませんね。